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第6部分(第1/2 页)

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指貫(さしぬき)の膝を両手にしつかり御つかみになつて、丁度喉の渇いた獣のやうに喘(あへ)ぎつゞけていらつしやいました。……

二十

その夜雪解の御所で、大殿様が車を御焼きになつた事は、誰の口からともなく世上へ洩れましたが、それに就いては随分いろ/\な批判を致すものも居つたやうでございます。先(まづ)第一に何故(なぜ)大殿様が良秀の娘を御焼き殺しなすつたか、――これは、かなはぬ恋の恨みからなすつたのだと云ふ噂が、一番多うございました。が、大殿様の思召しは、全く車を焼き人を殺してまでも、屏風の画を描かうとする剑龓煾�预吻�à瑜长筏蓿─胜韦驊亭椁褂�乃悖à�膜猡辏─坤膜郡韦讼噙‘ございません。現に私は、大殿様が御口づからさう仰有(おつしや)るのを伺つた事さへございます。

それからあの良秀が、目前で娘を焼き殺されながら、それでも屏風の画を描きたいと云ふその木石のやうな心もちが、やはり何かとあげつらはれたやうでございます。中にはあの男を罵(のゝし)つて、画の為には親子の情愛も忘れてしまふ、人面獣心の曲者(くせもの)だなどと申すものもございました。あの横川(よがは)の僧都様などは、かう云ふ考へに味方をなすつた御一人で、「如何に一芸一能に秀でやうとも、人として五常を弁(わきま)へねば、地獄に堕ちる外はない」などと、よく仰有つたものでございます。

所がその後一月ばかり経(た)つて、愈々地獄変の屏風が出来上りますと良秀は早速それを御邸へ持つて出て、恭しく大殿様の御覧に供へました。丁度その時は僧都様も御居合はせになりましたが、屏風の画を一目御覧になりますと、流石にあの一帖の天地に吹き荒(すさ)んでゐる火の嵐の恐しさに御驚きなすつたのでございませう。それまでは苦い顔をなさりながら、良秀の方をじろ/\睨めつけていらしつたのが、思はず知らず膝を打つて、「出かし居つた」と仰有いました。この言を御聞きになつて、大殿様が苦笑なすつた時の御容子も、未だに私は忘れません。

それ以来あの男を悪く云ふものは、少くとも御邸の中だけでは、殆ど一人もゐなくなりました。誰でもあの屏風を見るものは、如何に日頃良秀を憎く思つてゐるにせよ、不思議に厳(おごそ)かな心もちに打たれて、炎熱地獄の大苦艱(だいくげん)を如実に感じるからでもございませうか。

しかしさうなつた時分には、良秀はもうこの世に無い人の数にはいつて居りました。それも屏風の出来上つた次の夜に、自分の部屋の梁(はり)へ縄をかけて、縊(くび)れ死んだのでございます。一人娘を先立てたあの男は、恐らく安閑として生きながらへるのに堪へなかつたのでございませう。屍骸は今でもあの男の家の跡に埋まつて居ります。尤も小さな標(しるし)の石は、その後何十年かの雨風(あめかぜ)に曝(さら)されて、とうの昔誰の墓とも知れないやうに、苔蒸(こけむ)してゐるにちがひございません。

――大正七年四月――

底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店

1995(平成7)年11月8日発行

底本の親本:「鼻」春陽堂

1918(大正7)年7月8日発行

※底本には「堀川」と「堀河」が共に現れる。「堀河」は「堀川」と思われるが、表記の揺れは底本のママとした。

入力:earthian

校正:j。utiyama

1998年12月2日公開

2004年3月8日修正

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